或る衛生班の視点

 

 

 

scene.1

 

 

第一報は、スプリガンが重傷を負っている、という無線だった。

後方支援部隊はただちに現場に急行せよ。

言われなくても体は自然に走り出していた。


現場は血の海だった。まるでスコールのあとみたいだ、と思った。
倒れているのは自分よりも若い、一人の少年。
彼が浴びた血は、殆どが倒した相手のものとわかった。
けれど、本人に意識はなく、脇腹に酷い怪我をしていた。
血に濡れていないところがないくらい、彼は朱に染まっていた。
艶やかな黒髪が、今は見る影もなくこわばって頬に張り付いている。


血を見ることにようやく慣れ始めた時だった。
けれど、これは酷すぎる。
生けるもの全てを死神の大鎌が薙ぎ払っていった、そういう現場だ。


そしてその死神とは、今そこに倒れ伏している少年なのだった。
名を御神苗優という。


傷を見たら考える前に手が動く。
応急措置を取る間に、彼は一瞬だけ目を開けた。

「……、…」

彼が何か呟いた。
俺が耳を傾ける前に、後ろから声が飛ぶ。
しっかりしろ、大丈夫だ。俺達が来たからもう安心していい。そう仲間が声をかける。
せわしなく手を動かしながら、頭の片隅でよく聞いたことのある台詞だと思う。


そうだ、それはいつも俺達が言われていた台詞じゃないか。


絶対の窮地、死人の群れ。自分達の存在意義を問われる野戦病院の無為な奮闘。
そんな時に彼らが現れる。すると、何もかもが息を吹き返すのだ。

大丈夫だ、遅れて悪かった。俺が来たからもう安心していい。

そんな台詞と共に。
それは過剰でも誇大でもなく、ただそのままの意味なのだ。

 


死地に舞い降りる妖精。

悪鬼のように、守護天使のように。

硝煙を纏って。

 

 


彼が意識を取り戻した時、近くにいたのは偶然だった。バイタルを測れば、すでに窮地は脱していた。
白いベッドの中で、彼はいつもより幼く見えた。

「ああ…アンタか」

俺の事を知っているようだった。余り喋らない方がいい、と言ったけれど、彼は大丈夫だと小さく笑んだ。

「悪かったな、ヘマっちまって」

格好悪ィ、と彼は言う。

「現場、見たか?」

ああ、酷い有様だった。けれどアンタが生きていてホッとした。

「ゾッとした、の間違いだろ?」

皮肉気に彼は言う。そんな表情を見るのは初めてだった。俺は彼の顔を黙ってじっと見つめた。

「悪い。変な事言った。…助けてくれてありがとな。」

目を閉じるその様子が、あの戦場の場面を思い出させる。
休ませなければと思いながら、口が自然に動いた。

恐ろしくないのか、と。

彼は一度閉じた瞼を開き、俺を見た。

「戦うことが?死ぬことが?」

怖くはない、と彼は言った。怖かったらこんな仕事やってらんねえよ。

自分が傷つくことはこわくない。

そう呟く彼は、無垢な瞳をしていた。

本当に怖いのは、もっと別のものだ。

それが何かを問う前に、彼は眠りに落ちた。あどけない表情で。

 

 




 

 

 

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