untitled.
不確かに、揺れ続ける魂。
強靭さとしなやかさを兼ね備えた鋼の刃。
それを併せ持った、呆れる程の綺麗な瞳。
先に好きになったのは、恐らく俺の方だ。
そんなものを見せられて、まだ足りない、もっと見たいと思う内に虜になった。
なのに多分あいつは、自分のうつくしさに全く気付いていないのだ。
人はどうしてこんなに強く、そして脆いのかと思う。
何故、そんなに辛い道を選んで行くんだろう。
たやすく崩れ、そしていつか儚く散ってゆくのに。
「ジャン!!」
はっとした。誰かが俺を呼んでいた。ふと視線を巡らせると、少し離れた所に御神苗が立っている。
何故か少し怒った顔をしていた。
「御神苗、」
名を呼ぶと、御神苗は表情を変えずに俺のいるテーブルへとやってきた。
「カフェオレ、ひとつ」
ウェイトレスに告げてから、俺の向かいに座る。
「怒ってんのか?」
俺、なんかしたっけ。心当たりがない。
今日は御神苗の講義が終わるまで、ここで待ってるとメールをしただけだ。
明日にはフランスへ戻る。帰りたくはないが、諸事情がそうさせてくれない。
一秒だって長く顔を見ていたいから、このテラスで待ってたんだけど。
学校に入ると目立つと言って御神苗は怒る。
「ジャン、今何考えてた?」
御神苗が言う。今?…何だっけ。お前が来たから考えてたこと飛んじまった。
ああ、そうだ、
「お前のこと考えてた。」
「な…、」
御神苗が赤面する。
物事を回りくどく考えたがる御神苗には、直球ストレートが一番効くことを俺は学習している。
カフェオレが運ばれてきて、御神苗がそこに砂糖を沢山入れた。
カップを両手で持って一口飲むのを見ながら、今キスしたらさぞ甘いだろうと思う。
「ジャンじゃないみたいだった」
「あ?」
御神苗がぽつりと呟く。
「さっき。なんか近寄れなかった」
御神苗が俺に?なんだそれ。
「だから何考えてたのか知りたかったんだけど」
お前茶化すし。
憮然として御神苗はカフェオレをもうひとくち飲む。
「茶化してねーよ。マジで考えたんだって」
「だってなんか凄い遠い目、してるし」
ああ、バレていると思った。
御神苗の事を考えていたのは本当だが、それは突き詰めて行くと同時に一つの結論にブチ当たる。
二人の、生きる時間の長さだ。
多分、御神苗はそれを考えていたことを怒っている。
いや、怒るよりは畏れているのだ。
その日が来ることを。
俺は優しく微笑む。御神苗の目に、身体に、染み込むように。
大丈夫だ、まだ今は。
おそれるな。
何も。
「御神苗、」
呟くように呼ぶと、視線がかちあった。
「キスしたい」
「…ばっ…!!」
目を白黒させて、カフェオレを零す。可愛い。
「てめえ、こんなトコで何…!」
「させろよ」
「死ねっ!!」
歯切れのいい返答に、少し嬉しくなる。そうだ、お前はそれでいい。強くてうつくしい、俺の番人。
「あ、煙草切れた…」
「買ってくれば。まだカフェオレ、あるし」
御神苗の声音はそっけない。
「ちっと行ってくる。」
「ん」
席を立ち、御神苗の横を通り過ぎようとして俺は立ち止まる。
「あ、御神苗、」
「ぅあ?」
御神苗がカップから口を離した隙に、ちゅ、とキスしてやった。
「ついてた。泡」
「……な…、て、……!!」
「ごちそーさん。」
真面目にそう言って、俺は店を出る。
何人か、こちらを見て慌てて顔を逸らす奴がいたが、構わない。幾らでも見せてやる。
携帯が震えたのでパチンと開くと、御神苗からのメール。
『後で覚えてろ、このドアホ!!』
くっくっく、と笑いが漏れる。ざまあみろ。
忘れるわけねえだろ。覚えてるよ。お前の全部を。
だからてめえにも忘れさせてやらねえし。
どんな手を使ったって、お前に俺の全部。
そのために、今生きてんだからな。
俺は自販機を探して、冷たくなってきた外気の中を歩き出した。
お前のいるテーブルに、戻れることの幸福を思って。
END
20080621