summer days





 

無為な時間を過ごすのは好きじゃない。
誰だって同じだろうが、現在の俺の所在はといえば、ぐらぐら沸いた鍋みたいな猛暑の日本だ。
しかもご丁寧にも御神苗の家のクーラーが昨日壊れたというおまけつき。当の本人は暑さに強い。

「御神苗…、暑ィ」
「じゃあさっさと帰れよ地元に」
「嫌だ」

俺は暑さにはそんなに強くない。
それが何故こうして我慢しては御神苗を構っているかと言えば、俺には明確な目的があるからだった。

「なんでそこで嫌がる?」
「だって、そしたら次にお前の顔いつ見れっかわかんねーだろ。だから今のうちによく見とく」

ここは何も気負わず素直に言うのがポイントだ。

「バ、…ッカじゃねーの!?」

御神苗の顔がみるみるうちに真っ赤になる。その顔が見たくて今俺はこんなとこでダラダラしてる。

ほら見ろ、全く有意義だろ?


「お前、夏休みいつまでなの」
「九月の二週目」
「あと一月半もあるじゃねーか、いいな大学生」
「そんなん関係ねーだろ、俺らには」
「まあな?」

いつ緊急召集を受けてもいいように、俺達の所在は常に明らかにしておかねばならない。それはわかっている。
が、今この領域を侵犯しやがる輩は徹底廃除すると決めている。
少しは涼しいかと腹ばいになったフローリングの床から御神苗を呼ぶ。

「なあ、俺と遊ばねえ?」
「どこの軟派野郎だお前は……」
「どうせ暇だろ、さっきからそれ全然進んでねえし」

御神苗が手元の資料を見下ろした。
一番手間のかかる課題から終わらせようと小論文をこねくりまわしていたようだが、やはり御神苗も暑いのだろう、さっきから手が完全に止まっている。
その資料にシャープペンシルを放り投げ、とうとう御神苗が白旗を上げた。
それからすくっと立ってキッチンからグラスを二つ運んできた。

カロン、カリンと氷のぶつかる澄んだ音。

「何だそれ」
「何って、カルピス」
「いやそれはわかる。なんでカルピスなんだよ」
「うちに酒はねえぞ」

先回りして言われてしまい、冷えたビールを期待した俺はますますぐったりする。

「いらねえの? 俺コレ好き、夏っぽくて」
「……いる」

もう冷たい液体なら何だっていい、そう思ってグラスを掴んだ。
グラスを呷って飲み干す御神苗を、寝転がった床から見上げた。背が伸びたな、とふと思う。
開けっ放しの襟元から覗く首筋は、随分精悍さを増した。出会った頃の華奢な感じはもう微塵もない。
先月19歳になった御神苗は、「成長」という二文字をさながら体現している。
きっとこれからも背は伸びるのだろう。
けれどまだ、アルコールより子供の飲み物を好む。そのギャップに少し微笑う。

「何ニヤニヤしてんだよ、氷溶けるぞ」
「何でもねえよ、ガキ」
「はあっ?」

っだよ、わけわかんねえこのジジィ、と悪態をつく御神苗に意味もなく欲情してしまって、俺も大概成長しねえとまた笑った。


壊れたクーラーはまだ修理されない。どこか涼しい場所へ避難でもすればいいものを、もはやこの蒸し風呂めいた部屋から出るのすら億劫で、余りの暑さに黙り込む。

甘ったるい乳酸飲料のなかで氷が溶けていく。

「お前暑くねーの、これ」

御神苗が床に散った俺の髪を一筋掴む。

「暑ィよ」

もう髪を縛ったりしたところで大して変わりはないから放置、そのまま流している。

「でも切ったりすんなよ」
「何で、」
「……手触りいいから」
「お前コレ好きだよな」

俺の髪。時折痛んだ毛先は整えるが、バッサリ切ったことはない。切ろうが切るまいが俺はどっちだっていいのだが、切るのを躊躇う理由が一つ。

御神苗がよく触るからだ。猫の毛並みを確かめるみたいに、そっと撫でては離れていく。

「白い糸みてえ」
「まんまじゃねえか、もう少し上手く例えろ」
「…わかんねーよ、そんなの」

みどりなす黒髪、とは言うが日本語に金髪を示す修飾語はない気がする。
さらさらと御神苗が俺の髪を梳き、繰り返す。その胸元を掴んで引き寄せた。
逆向きに、上から降るキスを強請る。

キスをして、くくくと御神苗が鳩みたいに笑う。

「何だよ?」
「カルピス味」

知ってるか、コレ初恋の味なんだとさ。
などと言うので俺は身を起こして御神苗を押さえ込んだ。

「バカ暑い、」
「今更だろ」
「っとに…獣、お前」
「それは褒めてんのか?」
「罵倒してんだよ!」




うるさく喚く唇を、キスで塞いで、動物がグルーミングしあうみたいに。もう暑さなんかどうだっていい。


GOD'S IN HIS HEAVEN,ALL RIGHT WITH THE WORLD.


だから邪魔してくれんなよ、どっかにおわす神様よ。
























END



















20090331

なぜこんな話を……春に書くんだろうわたし……。
夏が好き。