自分で自分の首を絞めてる。
バカだ、俺は。


そう言ったらきっとお前は「そんなの知ってる」とゆうだろう。
その表情までありありと思い浮かべられる。


優しい顔で。ちょっと困った眉をして。


どうしたら、お前のその殻を壊せるんだろうな?
本当にバカなのは、お前だよ、高槻。

 

そんなの知ってる。

 




 

oxygen

 





 


放課後、なんだかぬるま湯の中にいるみたいでとても落ち着かなくなった。
居てもたってもいられなくなって、一人の姿を探す。
なのに肝心な時にいつもそいつはいない。

「あれ、隼人くんもう帰るの?」

誰かに声を掛けられたが、生返事をしてすりぬけた。
ごめん、今それどころじゃねえんだ。

だってこの間まで生きるか死ぬかの戦闘を繰り返していたのに。
なんで俺はここで。まんまと居眠りなんかして。

こんなんじゃ駄目だって。
言ってくれ、誰でもいいから。



屋上へつながる薄暗い階段を昇り、踊り場の床を蹴る。
教室にもいないなら屋上だ、多分。

もういっそ共振させて気付かせたい。俺がこんなに不安定なのは、全部てめえのせいなんだ。
責任取れよバカ。

重いドアを開けると、真っ青な空の下であいつは寝転んでいた。俺の姿を認めると、ちょっと片手を上げた。
近寄って、しゃがみこんだ。


「優雅に昼寝なんかしてんなよ」
「別に、優雅じゃないよ。ちょっと眠かったから」
「いつからいんだ、ここに」
「んー、昼飯のあとからずっと」
「いろよ、教室には最低限」
「……何で?」

高槻が苦笑いをする。何でじゃねえよ。授業を真面目に受けろとか、そんなことを言いたいわけじゃない。
もっと、本質的な意味で。

「俺の視界から消えるときはそう言えよ。探すの面倒なんだよ」
「ああ、そうか。ごめん」

あっさり謝るし。わかってんのかよほんとに。

「隼人もここに寝てみろよ。綺麗だし、空」

そんなことを言うので、怒るのもバカらしくなって俺も隣に寝転んだ。

きっと高槻はあまり夜に寝ていない。俺もそうだからわかる。

コンクリに当たる背中が少し痛かったが、別に構わない。空は高槻の言うとおり、どこまでも澄んで青かった。
綺麗なもの。俺たちがあの時見ていた、アリゾナの風景だってきっと、美しかった。
でもそれに気付く余裕なんてなかった。
美しいもののなかで、俺たちは何が出来たんだろう? 何が出来るんだろう?

「隼人、」

高槻が俺を呼ぶ。

「俺は消えたりしないよ」

そんなこと当たり前だ。
でも、それが聞きたくて俺は走ってきたんだと気付く。
体が、酸素を求めるみたいに。切実な生理現象のように。
なくしてから気付くなんてこと、絶対しない。だって今、ここで必要なんだ。
俺に、お前が。

「あたりまえ、だろ」

俺はなんでか上手く喋れなくなって、やっとそれだけ言った。
呼吸がうまくできない感じがする。

どうしてだろうと思ったら、高槻が体を起こして俺を見た。
そのまま身を屈めて、何をするのかと思ったら俺の目尻をぺろりと舐めた。

「しょっぱい」

うわあ、俺泣いてんのかよだせぇとか、高槻てめえ何すんだとか、そういう言葉は全部空が吸い取ってしまって、
ただ素直に、こいつがここにいることが嬉しかった。

「高槻」

俺が呼ぶと高槻はやっぱりあの顔をして、優しく微笑む。

酸素って人間に必要だけど、でも有害なんだぜ。濃すぎる酸素を吸い続けたら、やがて死に至る。
それに似てるなと思いながら、キスをして、それから高槻の肩越しの空を見た。


キリストとか、仏様とか。そういうの信じてねえけど、それに向かって祈る気持ちは痛いくらいわかる。


お願いです、こいつを俺から取らないでください。
ホントバカでお人よしで、どうしようもねえけど、俺の好きなのはこいつなんです。


「たかつき、」


もう一度呼んで、俺は確かめるように高槻の首に手を回した。

 










 



 

END













 

20080722
第5部のはじまり…くらい?
はじめてのりょうはや(笑)
あっ、二人の「はじめて」はもっと前です……。