LITTLE HELL IN BOY




 

 

 


ずっと、恋している。

 

 

 

 




「おいジャン、相棒はどうした?」
「あぁ?」

後ろから肩を叩かれ、ジャン・ジャックモンドは不機嫌に振り向いた。
発掘隊の馴染みだった。博士号を持つ、陽気なラティーノ。当たり前のように五ヶ国語を操る。
面倒臭い奴に捕まった、とジャンは内心舌打ちした。

「なんだっけ、あの黒髪の。難しい名前で忘れちまった」
「…御神苗か」
「そうそう! オミナエ、あの子は今回こっちには来ないのか?」

無邪気な問いに、ジャンも答えざるをえない。

「いねぇよ。今は多分、日本で休暇中だ」
「ほぅ、いいねえ。いつも忙しそうだけど、ちゃんと休暇はあるんだな、君達も」
「まあな。ていうかアイツ学生だし。課題やらレポートやらで首回んねーんだろ」
「へぇ、まだ学生!? 通りで…若く見えたけど、ホントに若いんだな。」
「ただのガキだ」
「ジャン、どうしたんだ? 腹でも減ってるのか」

不思議そうに見上げる相手から目を逸らし、ジャンはそっけなく言った。

「…別に、いつもつるんでるわけじゃねえし。何だよジェイク、俺じゃ不満か?」
「いや、ジャンそうじゃないよ。いつも一緒にいるように思ったから不思議だっただけだ。相棒なんだろ?」
「……そんなんじゃねえよ、あんなガキ」

吐き捨てた。自分でも笑ってしまうような嘘だった。

苛々しているのは自覚している。
その原因は、故意に考えないようにしていたのに。

もう一ヶ月会ってない。
ったく、アイツを煙草とか酒と勘違いしてんじゃねえのか、俺は。
手元にないと恋しくなる。


それにしても、と思考は次々に蓋をしていた部分へ流れ込んでいく。

どうして、「あの」御神苗があんな小さな国のせせこましい場所で、学生なんかをやってられるんだろう。
ずっと不思議で仕方がなかった。

俺は違う。俺は最初から「異端」だった。そのおかげで(せいで、と言ってもいい)アーカムに入る事になった。
裏社会、と言えばご大層だが、まあその世界に生きている。
あの魔女に、出会った日から。

けどあいつはそうじゃない。日本に帰ればごく普通の大学生なのだ。

違和感なく、当たり前に。

人生の早い時期にその「当たり前」を捨てた俺は、あいつの方が余程異端に思えるのだ。

多分、そういう日常が、あいつのリミッターであり枷なんだと思う。
そうでなければ誰があんな必死に「日常」を守ろうとする?
死に物狂いでしがみつかなければ、あっというまに流されてしまう。
そんな脅迫観念があいつの甘さの根拠であり、かつ最後の砦なのだ。

 

アイツはもう狂っているのだ。俺に会うよりも、もっとずっと昔に。

それでも、あの目の光が曇らないから。

俺はそれを見たくて、今も一緒にいる。



 

その透徹した目で、世界はどんな風に見える?



 


……わかった、素直に認めよう。
アイツに会いたい。

会ったらとりあえずあの罵声の押収をして。一緒に飯を食う。そんで一緒に寝る。

それで十分なんだ。

俺がいるのにレポートなんかやってたら、ブッ殺してやる。




 

「ジェイク!」
「何だ? ジャン」
「今度連れてくるよ。アイツ」
「おお、待ってるよ! って言っといてくれ!」
ジェイクが朗らかに笑った。



 


この任務が終わったら、日本へ行こうと思った。この地球の裏側から。





お前に会いに行くよ。

 

 

 

 

 

 

END















20080628