LIGHT MY FIRE
君は僕を照らすひかり。
ジャンの腕の中にいる。
ここは、激しい痛みとそれを抑える麻薬みたいな安寧に満ちている。
混沌の両極に引き裂かれそうになりながら、引き離されないように必死にしがみつく。
明日にはこの腕が消えているかもしれない、その恐怖が強く御神苗を煽った。
息が出来ない位恋していて、けれどそれは言葉にしないまま消えていくのだ。
ジャンが好きだ。
身も世もないほど。
俺の中のもう一人が、しきりに警報を鳴らす。
〈その先には破滅しかない。二人、見知らぬ国で幸せになれるとでも思っているのか? だとしたら傑作だ。おめでたすぎて涙が出るな。〉
俺は反論する。
そんなことない、そんな夢みたいなこと思ってない。ただ、ジャンの側にいたいだけだ。ジャンがそれを拒まなければ、それで十分なんだ。
〈へえ? それと「幸せになれる」のとはどう違うんだ? それでアイツが受け入れたとして、その先は?〉
…わからない。だから言わない。
〈そうだ、言ったところで何も変わらない。お前がしあわせになろうだなんて、所詮無理な話なんだよ。〉
知ってる。だからそれ以上言うな。
誰にも、ジャンにも絶対言わないから。
だから、俺から奪わないで。
…お願いだ、
「…っ…ひぅ…、」
肺が奇妙な音を立てた。息ができなくて、目の前が回る。
それをじっとうずくまったまま凌いだら、やっと酸素が入ってきた。
「はあ、…はあっ、…あっ…」
夢だ。思い出したくない夢だ。酷く消耗する眠りだった。
「どうした、」
すぐ近くから、深い低い声がした。そうだ、ここは自分のベッドで、ラボじゃない。
ジャンがいる。そう思うだけで、言い様のない安堵が訪れる。
「ジャン、」
掠れる声で呼び掛けて、手を伸ばした。
「…御神苗?」
ジャンの首に手を回して、ぎゅっとしがみつく。体が震えるのを止められない。
けれど何がこんなに恐ろしいのか、ジャンには説明できないのだ。
「夢か?」
とジャンが聞くので、小さく頷いた。
言えたらいいのに、全部。でもそれは出来ない。
「御神苗…」
ジャンが呟く。俺の名を呼ぶ。
何度身体を重ねても、さらさらと手から零れ落ちていく砂みたいな気持ちがする。
お前がいなきゃ駄目だなんて、言えるわけがなくて。だから明日はいつも怖い。
零れていく砂も涙も、意味のないものじゃないって言って。
ふと思い出したことがあった。
春にジャンが日本へやってきた時の事。
ジャンが花見に行こうと言い出した。
それまで桜を見かけたことはあっても、ゆっくり景観を楽しんだり、わざわざ見に行ったことがないと言う。
いつも休みは昼までだらだらしているが、その日は早く起きて近くの公園へ繰り出したのだ。
「綺麗なもんだよな」
ジャンが頭上の大きな枝を見上げ、眩しそうに言った。
「ああ、そーだな。毎年当たり前に咲いてるから、最近あんまりまじまじ見ないけど」
「桜って、多分散るからみんな見るんだよな。一年中咲いてたら、誰も見向きもしねーんだろうな」
「…そうかもな」
「じゃあ無駄なのか? っつったら、そうでもねえな」
「…だって、綺麗だし」
「なんだっけ。なんか格言、あるよな。あれって桜が題材だろ? さよならだけがってやつ」
「ああ、漢詩だな。確か。酒を酌み交わすシーンだよ」
「あれってどういう意味なんだ?」
「意味? なんだろーな…人間の人生の短さを儚んでるのかな、花に嵐って」
「フーン…」
会話はそこで途切れて、ただただ降り注ぐ桜の花びらを二人で見ていた。
ああ、そうだ。
桜が散るのは人が死ぬのと同じだ。
どんなに守ろうと思っても、失いたくなくても、いつかこの手からすりぬけていく。
さよならだけがじんせいだ。そう、そんなことわかってる。
それでもいい。
ジャンが、
「また咲くんだよな。来年も」
そんなことを言うから。
信じたくなる。
例え離れても、もう一度出会う。何度でも、飽きるまで、お前と。
闇の中でも大丈夫だって、俺の手を掴む力。
その揺らがないつよさと、
そして俺を照らすひかりを。
END
20080629
なんだか終わりっぽいですが、全然終わってないよ〜!
むしろ始まりっていうか。