オリエンタルハイブリッド

 





 

 

彼等は、人間である前に「戦士」なのだ。
善悪や戦う理由よりも先に、本能が訴える。自らの行く手を妨げるな、と。
血飛沫や硝煙を好む悪鬼。そう見えることすらある。

それは倫理や戒律をもたない、獣のように。

 

『東洋人種であること。それは戦闘領域において不利にはなっても優越の条件にはなりがたい。
身体能力の限界はしばしば体格の大小に比例するからだ。比較的小柄な優は、論理上は圧倒的に不利だと言える。
しかし小柄であることを逆手に、そのスピードを特化させることでカバーしている。
己の弱点を武器にする、そうした柔軟さは、弛みない研鑽と修練だけがもたらした結果であると言えるだろう』

「なー、いつまでソレ書いてんの、」
ぶつくさと呟くのは、朧がいつまでも机に向かっているからだ。そういえば手合わせをすると約束した時刻だった。
朧が書いていたのは御神苗に関する報告書だった。
「が、まだ一人立ちできるレベルではなく、更なる修練を必要とする。」
朧は最後の一文を声に出して読む。
「何だよ、それっ! 俺のことかよ?」
「他に誰がいるんですか? 私の弟子は優だけですよ、今のところ」
「クッソ…、今に見てろ、そのうち絶対ェ倒してやるからな!」
顔を赤くして言い募る弟子に、朧は言い放つ。
「精神的に未成熟、と追加されたいですか?」
ぐっと詰まる優を尻目に、朧は静かに笑んだ。

ここ最近で、随分と背が伸びた。まだまだ成長するだろう。
そして何より特筆すべきは、その精神的変貌である。
「昼飯前にやるって言っただろ、早くしねーと飯、食いっぱぐれる」
「ああ、そうですね」
「先行ってるから早く来いよ!」
そう叫んで優は座っていた椅子から飛び降り、部屋を出ていった。
朧は書いた報告書をファイルに挟み、立ち上がった。

人は変わるものだ。
最初に出会った時を朧は思い出す。

殺意を帯びた、哀れな小獣。そう思った。誇りや使命など知らず、命じられたままに殺すことしか知らない生き物だった。
しかし、涙を零すことは知っていた。それがどういう意味を持つのかもわからずに。
機械としては欠陥品。
そして、人間としても不完全。
そういう環境から、あの子は這い上がって来た。地獄の底から。
人間という有機体を殺戮兵器として扱うのは、愚かで間違ったことだ。ヒトは情動の生き物なのだ。
だからこそ学習し、吸収し、強くなっていく。倫理をどうこう言う気はない。
安いヒューマニズムを標榜するには、殺戮を重ねすぎてきた。しかしそれは揺るぎない事実だ。
初めの頃、優は自分の力を使うことに酷く怯えた。虚ろな目で、過去を拒んだ。
あのまま優が変わろうとしなければ、おそらく彼はそのまま自分の殻に閉じこもったまま自らの力に押しつぶされていただろう。
自分が壊すことのできないものがある、ということを教えるまでに随分かかった。
けれど今は、それをもう知っている。人の心を得た優は、いつか私を凌ぐだろう。そう遠くない未来に。
それは朧の、予言めいた確信だった。


「…うぅ、」
「どうしました?」

悔しげに犬のように唸る優へ、朧は微笑んだ。

「…参った…」

それを聞いて手を離す。仰向けで転がる優のちょうど頸動脈の上を、指一本で押さえていた。
そこを取られることは、則ち即死を意味する。
フェイントをかけて向かってきたが、朧にはその意図が手に取るようにわかった。
いくらスピードがあっても、それだけでは意味がない。
格闘センスが抜群なのは認めるが、思考が読みやすく避けやすい。そしてまだまだ軽すぎる。

「35点、というところでしょうか」
「ぐ…」

それでも最初はマイナスからのスタートだったのだ。大した進歩だ。

「そんなことでスプリガンを名乗れると思っているんですか?」
「るせー! わかってら!」

がなる優に、極上の笑みを浮かべて言ってやる。

「よろしい。では昼食までに、ロードワーク10キロ、いってらっしゃい」
「うぇ!? あと35分しかねんだけど」
「貴方なら軽いでしょう。30分切れたら、午後も相手をしてあげます」
「クソ…鬼…!」
「もっと追加して欲しいですか?」
「行ってくるっ!!」

半ばヤケのように優は飛び出して行く。


もう、そんなものは捨てたと思っていた。弟子をとるなんて、一体何の冗談だ。
俗世と関わりを持たず、ただ純粋に自分の強さのみを追いたかった。足手まといなど要らない。
しかし、魔女は笑って言った。

「あら、貴方にも出来ないことがあるのね。あの子は強くなるわよ。もしかしたら、貴方よりも」

決して同情や憐憫からではなかったが、結局朧はそれを引き受けることになった。魔女の策略は見事だった。

朧は考える。
自分を動かすこの理由なき情動は、一体何だというのだろう?
名前をつけるなら、おそらく「希望」が近いように思う。
いつか朧を越え、凌駕していくことへの。

たとえばハイブリッド種は、しばしば原種よりも強靭であるということ。
それを身を持って知った。
その花が咲く様を見たくて、しばしば下界へと降りるのだ。
只の「機械」だったモノが、鮮やかに変貌を遂げるその様を。

「朧―!!」

朧を呼ぶ声がする。
この声が聞こえる限り、私はそれに応え続けるだろう。
おそらく、これからもずっと。
今は子犬のような、恐るべき子供に。


未だ眠ったままの、オリエンタルハイブリッド。

 

 

 

 

 

 

 

 



 

20081102
オリエンタルハイブリッド:ユリの改良品種。