不在
左目。医者は、「予断を許さない、最悪失明も有り得る」と言った。
顔の左半分を包帯でグルグル巻きにされ、ミイラ男みたいになっている。
今鏡を見たらきっと笑ってしまうだろう。
発端は、市街戦のさなか、目の前にいた子供だった。
咄嗟に抱き込んで頭を下げさせた。しかし、子供は母親を探して俺の手元をふらりと離れた。
空気が漏れるような音が、した。
至近距離だ。もうこの距離で出来ることは限られていた。
子供の前に身を投げた。同時にナイフを投擲、及びウージの弾丸をぶち込んでやる。
敵は崩れ落ちたが、衝撃波で割れたガラスが高速で顔を掠めた。
ザクリという音。痛みは感じなかった。
燃え盛る炎から子供と脱出することだけを考えていた。
食らった傷の痛みはその後からやってきて、泣きながら俺を見上げる子供の頭を撫でたところで記憶は途切れた。
病室の、白い天井を見上げた。
半分しかない視界に慣れず、少し頭痛がする。
あの子にこの傷は耐えられなかっただろう。
怪我したのが俺でよかった。
命に別状あるわけではない。
全身に散る銃痕と、ナイフ傷と、その他数え切れない諸々。
今更一つ増えたところで女の顔でなし、特に困ることも無い。
「あ…学校…」
そうか、問題になるかなあ。やっぱり。
初穂たちが心配する。
それでも、やはりそれ以外に不安はないのだ。
どうしてなんだろう。
これがもし、ジャンの、目だったら。
そう思うことの方が怖い。
あの蒼碧の、冷たい瞳。
硝子みたいだ、と最初に思ったのを覚えている。
ジャンが今の自分を見たらこんな気持ちになるのかと思えば、罪悪感がようやっと湧いて来たのだった。
ジャンは今南米にいる筈だ。極端に情報を制限される、現場にいることに安堵する。
出来れば知らないでいて欲しい。
そう考えるのはきっとエゴなんだろう。
病室はとてもとても静かで、何の音もしない。
そんな静かな場所にいると、きんと胸が痛む。
全ての思考は一人に集約されて行き、ようやくああ、今俺は寂しいんだ、と気付く。
身体に傷を負うと、どうしても気力は落ちる。
痛みが不安を呼び、それはどんどん膨らんで形を成していく。
小さい頃、よく怪我をしては泣いて姉を困らせた。
痛みよりもその不安に。
今、不安がないのはジャンのせいだ。
そう、平気だ。
どんな姿になっても、ジャンはきっと俺を捜し出す。
どれだけ傷を負っても、この目が見えなくなっても。
だから構わない。
そう思えること、それ自体が今俺を生かしている。
こんな、震えるような気持ちは今まで知らなかった。
だからジャン、
お前俺がいなきゃ一万回は死んでるぞ、って言って。
多分、その通りだと思うから。
どうしようもなく弱い俺を叱り飛ばして。
痛みにじゃなく、お前に会いたくて泣いている俺を。
数日後、医者が「もう大丈夫、視力の回復に問題はないようだ」と言った日、ふらりとジャンがやって来た。
病床の御神苗を見るなり、ニヤリと笑って「よう、三流」と挨拶をしたので、御神苗は憮然として「何しに来た、このヒマ人」と答えた。
言えるわけない。絶対言わない。
そう思いながら、いつもと変わらぬ様子のジャンに心から安堵して、憎まれ口を叩くのだった。
END
20080624