夢から覚めてしまわぬように
side/J
俺は夢を見ない。見ても大概思い出す前に忘れている。代謝の激しい身体は夢を見ない程深い眠りを必要としているのか、それとも夢など見る資格がそもそもないのか。
それはわからない。ただそういう性質だというだけだ。
眠りはいつも短く、底に落ちていくように深い。それは貪るものではなく、受け入れるものだ。
四日間。
殆ど眠らなかったことがある。
作戦下において、文字通り不眠不休というのは冗談ではない。しかし人間は眠らなければ簡単に死ぬ。食事を絶つより簡単に死ぬ。拷問によく使われるのはそのためだ。
もともと俺は余り長時間の眠りを必要としない。短時間で済むのは合理的だ。
しかしそれでも四日が限界だった。あれ以上はやれと言われても無理だろう。アーカムの救援機を視界に入れた瞬間、崩れ落ちるように意識が消えた。
眠りというものが、ただの疲労回復や、脳の情報処理のためのものではない、と気付いたのは御神苗と出会ってからだった。
いや、出会ってしばらくしてからだ。
隣に眠る生き物の吐息、寝返りを打つ絹擦れの音、それそのものの柔らかな重み。
そんなものを身近に感じたのは久しぶりのことだった。
商売女を相手にするなら、後を引くような真似は不粋なだけだ。だから俺は知らなかった、知らずにいようと努めていた。
無条件に喉笛を晒した相手に、そんなに心を動かされるなんて。
…知らなかったんだ。
俺はたまに不安に襲われる。何かの拍子に隣の相手が知らずに息を止めているんじゃないか、こんなのは全部見るはずのない夢で、目覚めたら俺は一人ぼっちなんじゃないかと。
ふと起きて、隣の様子を窺うことが、一時期習い性のようになったことがある。
まるで子供を見守る母親のように、愚かな妄想と共に。
そしていつだって、杞憂だったと気がついてまた眠りに落ちる。
目覚めた時とは真逆の、安らぎに満ちて。
そんなことをしていたなんて、恥ずかしくてとても言えない。
御神苗には。
だから眠る御神苗を見る度に思う。
どうか目覚めないで、どんな悲哀もどんな苦渋も、今だけはここにいらない。目覚めた後どんな事が起きたとしても、今だけは安らいでいてほしい。
母親ってのはこんな気分なのか、と俺は苦笑する。
どうせ目覚めたら、こんな感傷は消えてなくなるから。
今だけは夢から覚めるな。
俺の隣で。
太陽が高く昇り、カーテンから光が差し込むまで。
「てめーはどんだけ寝たら気が済む!?」
横柄に、世界の王様みたいに。いつもお前の目を醒まさせるものが、俺ならいい。
眠り姫の目を醒ますキスなんて、下らないって思うか?
俺は思わない。
それは世界を呼び起こす魔法。
20100615
…甘い。ような気がする。
あんたらホントお互い大好きすぎて死にそう。