海を見ていた。
今始まったばかりのまっさらの朝と、お前。






dawn pink






朝方にふと目が覚めた。今まさに夜が明けようとしていて、紺色のヴェールが少しずつ白んでいく。
そっとベッドを出たら、裸足の爪先がぎゅっとするくらい寒かった。
カーテンを開けて、窓の外を見た。まだジャンはベッドで寝息を立てている。きっとまだ起きないだろう。
それから、服を着て外へ出た。吐く息が白くて驚いた。昼間の熱気が嘘のようだ。
薄着すぎた、と気付いたけれど、今戻ったらたぶん見逃してしまう。
俺は砂浜に続くデッキに座って、明けていく空と海を見ていた。
「勝手にどっか行くんじゃねーよ」
静かな海鳴りに混じって背後から声がした。
「よく寝てたから」
振り返らずに答える。
すると、上からバサリとパーカが落ちて来た。ジャンのだ。
「着てろ」
「別に、寒くねーよ」
「いいから着とけ」
こういうときに逆らうと、たちまち機嫌が悪くなるとわかっている。俺はありがたく着ることにした。
「お前、寒くねーの?」
上着を脱いだらジャンはネルシャツ一枚だ。絶対に寒い。
「あ? 俺はいいんだよ。」
と言ってジャンは俺の後ろに座った。
背中から体温がダイレクトに伝わってきて、俺は身動ぎできない。
たまに、どう言えばいいかわからなくなる。
甘やかすなとか、女じゃないんだからそんなことしなくていいんだ、とか。
でも多分これはそういうこととは関係ないんだろう。ジャンがそうしたいから、そうするんだ。
でも俺はいつもうまく返すことが出来ない。
なあ、もしお前がいなくなったら、俺はどうしたらいいんだよ。
お前に慣れすぎること、それは恐怖だ。そしてそう考えることは多分間違っていない。
どうしたらいいんだろう。
わからない。答えは出ない。
きっとこんな女々しいことを考えていることがバレたら軽蔑されるだろう。
寄せては返す凪の海。
ああそうか、と俺は思った。

寒い、帰ったらカフェオレを作れ、ミルクとコーヒーは2:8だわかってんだろうな、とか。
ジャンが言う。
なんで命令形だよ。でも、まあいいか、と思う。


心が、満たされる。
溢れて、どれだけでも、まだ欲しい。
それだけでいいんだ。

だってこの朝焼けは胸が苦しくなるほど綺麗だ。
夜の終わりと朝の始まりが境目でめまぐるしく色を変えて、交じり合っている。

俺たちは多分、こうしてちいさい舟に乗っているみたいに、流れて漂って、それから役目を終えて、去っていく。

明日からはまたきっとどこかで血を流して。
そしてお前に会ったらただいまと言うだろう。

お前が今ここにいることを、何かに、大きくて神々しい何かに、感謝しながら。

海を見ていた。
全てが光に満たされた、朝になるまで。

 








END







20090912