デートコースジャンクション

 

 












 


「クッソ……何なんだよ、キレんぞ!」
息を切らして、柔らかな晩秋の日差しが注ぐショッピングモールで悪態を吐く金髪の男を、周囲の家族連れはひそひそと目を合わさないよう迂回していく。
知ったことか。こっちは忙しいんだ。
エントランスの吹き抜けには、大きなクリスマスツリー。まだ11月も終わらないと言うのに、随分気が早い。
だがジャンの視界には全く入っていない。





このショッピングモールの地下には大きなシネマコンプレックスが入っている。そこのカウンターで、御神苗と待ち合わせをしたはずだ。間違いない。しかし数十分しても御神苗は現れない。
そこに子供の集団がやってきて、ジャンはなんとなくそれを避けようとした。
それが間違いだった。
ジャンとすれ違いざま、一人が転び、持っていたジュースの紙コップを思い切りジャンの膝にぶちまけた。泣き出す子供。つられて周囲も一緒に泣き出す。その場は惨劇のようになった。ただでさえ苦手なのに、それが集団になっている。テロでも起こったのかという状態だった。
「泣きたいのは俺の方だっつうの……!」
保護者はどこかでチケットでも確保しているのだろうか。とりあえずジャンは転んだ子供を抱きあげ、怪我がないか確かめた。
「おい、どっか痛いか?」
「じゅーす……」
「そんなもん後で買ってやる。怪我は?」
「いたくない……」
「よし。泣くな。男だろ?」
「うっ、うえ、……ひっく」
子供はようやく泣き止む。泣くというか、驚いて反射的に泣きまねになったんだろう。落ちた帽子を拾って頭に載せてやる。泣いていた子供も興味津々でジャンを見ている。着ぐるみじゃねえぞ、とジャンは思った。
「おにいちゃん目があおーい」
「かみもきんいろー」
わらわらと子供が寄ってくる。えっ、と思う間によじ登られたりしている。
「ちょ、お前ら並べっ!全員の相手は無理だっ!」
手が空いたのは数十分もしてからだった。ようやく引率の保護者らしき女性が現れ、平身低頭で子供たちを引き連れていった。
……ということをしている間に、携帯に着信が数回。勿論御神苗からだ。すぐさま掛けなおす。……つながらない。一緒に見ようとしていた映画は、もう始まって30分も経っている。次の回は3時間後だ。ここに現れないということは、御神苗は遅れてくるのだろうか。
こぼれたジュースで膝から下が濡れていて気持ち悪い。ひとまず服を買って着替えようとフロアを上がる。
汚れるのは別に構わない。洗えば済む。だがこれから恋人に会おうというのにこれはあんまりだ。エスカレータを上がっていく。4本の大きなエスカレータが吹き抜けの中を稼動している。一つ隔てた下りのエスカレータに、見知った顔を見た気がした。あ、と思う間にすれ違って離れていく。声を上げる暇もなかった。
次の瞬間きゃあっと叫び声がしたからだ。はっと上を見ると、中年の女性が抱えていた犬が降ってくる。
はあ?と思った瞬間ジャンは犬に飛びつかれていた。危うくバランスを崩して下まで転がり落ちそうになったが、ぐっと手すりを掴んで持ちこたえた。
片手で犬を確保して、もう片方で全体重を支えている。下には大勢客がいる。もしジャンが落ちたら将棋倒しになっていただろう。
ミニチュアダックスだった。大人しい犬種だし、このショッピングモールは動物も連れ込める。たまたま何かに驚いて身を翻したら、下は動く階段だったというわけだ。
その飼い主の婦人に「お礼を言いたいから」とエスカレータを降ろされた。勘弁してくれ。キャリーちゃんだかキャロルちゃんだか知らないが、俺は急いでるんだよ!とも言えず、婦人に握手まで強要されて、とりあえずあたふたと撤退した。
何なんだ一体、ここは平和なショッピングモールだろうが。だんだんここがモンスターの群れ成すダンジョンか何かのように思えてきた。行けども行けども全くお宝(御神苗)に出会えない。
さっき確か顔を見たような気がする。だとしたらあいつはここにいるのだ。館内放送ででも呼び出してやろうか。
しかしとりあえず体裁を整えねばならない。こんなことならフル装備でスパスでも背負ってくりゃあよかったんだ、とジャンは腐る。さっきの咄嗟の出来事で軽く手首を捻りそうになった。マジでRPGじゃねえんだから。次のモンスターは何だ。レベルでも上がるのか。
手近なブランドでデニムを見繕う。何でもよかったが、そこはどうでもいいのとは違う。俺は探検に来たんじゃねえ、デートに来たんだ。
ショップの女店員がジャンを見て色めき立って、あれこれと試着室に持ってくる。いかがですか?とドアの前で待ち構えている。その内に中まで入られるんじゃないかと不安になるくらいだった。とりあえずこれ、と決めてそのまま着ていくと伝える。「はい、ではタグをお取りしますね!」と妙に張り切った店員がジャンの前に屈む。タグの糸がなかなか切れない。何だ? と思う間に尻を触られた。女店員は確信犯だった。
身の危険を感じ、彼女を押しのけて試着室を出る。すると店員が他に誰もいない。軽く涙目になった。
結局そのセクハラ店員に勘定をしてもらい(店を出る際にもショップバッグを渡される時手を触られた)、風のようにそこから逃げ出す。難なくかわす余裕がない。
もう帰りたくなってきた。何で俺がこんな目に。セクハラにまで遭うなんて聞いてない。多分あれは中ボスだ。ということはラスボスまで出てくるんだろうか。もう一度御神苗の携帯に掛けてみるが、やはり繋がらない。携帯に頼っているとこういう時になす術がないのだ。だからと言ってデートの待ち合わせに六分儀でも使えってのか。
こうなったら意地でも見つけ出してやる。
時計を見ると、もう4時を過ぎている。本来の待ち合わせは2時だった。きっとあいつは腹が減ってるだろうと推理する。学校から直行すると言っていたからだ。土曜だというのにまた補習。しかし大人しく補習を受けている方が全然マシだ。俺が迎えに行けばよかった。
しかし、ということはフードコートへ行けば見つかるんじゃないだろうか。
最上階のフロアへ向かう。しかし、さっき見た姿は確かにあいつだったよな、と思う。もしあれが別人だったらこんな呪われたダンジョンすぐに脱出するのに。
しかし広い。フロア的には5階建てなのに、それがいくつか並んで数館が入り組むように作られている。ここで立てこもりなんか起きたら結構厄介なんじゃねえのか。郊外型というらしいが、できれば次は違う場所がいい。
フードコートにたどり着く。かなりの混み合いようだ。なんだか疲れ果て、ひとまずコーラのLを買い込みベンチに座った。一人で大騒ぎだ。空回りしているのが余計疲労を増す。
しばらくそこでコーラを啜っていると、右手のエレベータの方から一際やかましいさえずりが聞こえてくる。
……この声は、と思った瞬間「あー!さっきのお兄ちゃん!」と子供たちの群集が現れた。うわ、また会った。エンカウント率が高すぎる。こんなに広いのに。確かに2時間経っているから、見ていた映画は終わっておやつタイムなのだろう。それはわかる。わかるけど。
子供たちがわらわらと寄ってきて、またジャンで遊ぼうとし始める。何だかもうこの群れを突破できる気がしない。一緒に遊びたいのではなくて、ジャンで遊びたいのだ。俺はおもちゃじゃねえ……と思った瞬間、一人の子供が右腕によじ登ろうとした。あ、と思う間もなくさっきのデジャヴ。持っていたコーラの紙コップ。ゆっくりと手から離れて落下していく。
それが落ちたら俺が泣くぞ!!
と思った瞬間だった。

「おっと」
それをキャッチした手。上手いこと底を支えてバランスを取った。

「ジャン……お前、何してんの?」

その時ジャンの目に彼が勇者のように見えたのはむしろ当然だと言えるだろう。
ああ、子供って、多分転んだとき助けられてこんな気持ちなんだろうな、と思った。もうそんなこと忘れてた。
抱きつきたいが、わらわらいる子供が邪魔だった。
御神苗がそこにいて、呆れたようにこっちを見ている。
「何って……移動遊園地?」
ぶっ、と御神苗が笑って、自ら救出したコーラを飲み干した。
「はーい、お前ら解散ー。お兄ちゃんは俺と遊ぶからまたなー」
そう言ってさっさとジャンを子供地獄から救い出す。
あっさり捕虜は解放され、御神苗に手を引かれて歩き出す。
「あれ、お前買い物してたの?」
持っていたショップバッグを見て尋ねられた。
「買い物っていうか……セクハラされてたっていうか……」
「はあ?」
つうか何でそんな疲れてんの? ごめんな待たせて、と御神苗が言う。
「……お前今来たのか?」
「そうだけど」
ではさっき見たのはきっと別人だったのだ。追いかけなくてよかった。犬が降ってこなければかっこよくエスカレータを乗り越えて飛んでいた。恥ずかしい。
「なんで俺があそこにいるってわかったんだ」
「え?ああ、待たせたから腹減らしてんじゃねえかと思って」
結果出会えているので問題はないのだが。
「……遅かったな」
「うん。補習、追加されてて。終わってバイク飛ばして来たから、信号待ちのときしか電話できなくてさ。ごめん」
「ああ……」
呆れるほど当たり前の返事だ。一体この数時間はなんだったんだろう。
びっくりするほどワンダーランドだった、と言うとまた御神苗が笑う。
「何だよ、じゃあまたゆっくり来ようぜ」
と言うのに、断固ジャンは首を横に振ったのだった。

帰りたかったがせっかくなので、次の上映時間に一番後ろの席に滑り込んで映画を見た。
最後は軽く眠くなって、御神苗に起こされた。肝心なところを見損ねた。
結局、救出されたお姫様は自分だったわけで。
なんだか散々だ、と思ったので、エンディングが終わる寸前に、御神苗に軽くキスした。
勇者兼王子に祝福しないとな。
すると「わっけわかんねえ!」と軽く殴られた。
やっぱり、納得いかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20111016


たまにはお出かけデート!と思ったら散々なジャンさん。
お台場とかでもいいかなって思ったけどロマンチックは私が吹くのでこんなことになりましたw