彼女の憂鬱



 

 

「……つーか、アレ何」
「しっ。ダメだよバレたらまずい」
「お前、意外に野次馬根性強いよな」
「正臣には言われたくないな。気にならないの?」
「なるに決まってるだろうが」
「いつかこんな日が来るって思ってたんだ……」
「え、アレお前の知ってる奴?」
「そう……というか、俺はずっと邪魔されてたんだよね……」
「仇敵ってやつ?」
「そこまでは行ってなかったけど、きっとあのままだったらそうなってた」
「へえ、なかなか先見の明があるな」
「最初から、凄く牽制されてたんだよね……」
「……お前、いかにも悪人って感じだったんだろうな」
「見てきたように言わないでくれる?」
「あの。ちょっと……」
「「あ」」
「出歯亀はやめてもらえますか?」
にっこり微笑むその顔は、以前の可憐な少年ではなく、れっきとした一人の男のようだった。

 

一人の美少女が竜座を訪ねてくる。異例の事態だ。ほとんど外部と直接的な接触をしていないに等しい彼の所在を、どうやって突き止めたのか。
「山茶花さん辺りから聞き出したのかもね」
「へえ。なかなかやるじゃん、美少女」
あの姐ちゃんまじおっかねえからなあ、と正臣。
それは同感、と思ったが塁我は賢明にも口には出さない。
庭のガーデンチェアではどんな会話がなされているのだろう。物凄く気になって仕方がない。でも、
「竜座、怒ると怖いからな……」
「うん、そうだね……」
静かに切れた竜座より手のつけられないものはない。立派な抑止力なのである。
というわけで、二人でお茶をしている。









その怒ると怖い竜座である。
「よく、ここがわかったね」
「当たり前。どこにいたって絶対見つけてやるって思ってた」
「誰に聞いたの?」
「山茶花さん。最初は知らないって言い張ってたけど、教えてくれないならここで自爆するって言ったら教えてくれた」
「じ、じばく……」
さすがである。彼女の気迫と今の美貌を以ってすれば、何者も彼女を止めることはできないだろう。
「何年ぶり?」
「……わかんない。でもずっとお前のこと考えてたから、全然久しぶりな気がしない」
「それは……ありがとう」
立派な殺し文句だ。
「お前、あいつらと暮らしてんの?」
「うん」
「まだ一緒にいるの、あいつと」
「そうだね」
「なんで一人増えてんの」
「それは……諸事情で。のっぴきならない理由により」
「ふうん。」
何だか怖い。本当に爆弾でも投げつけて来そうだ。
竜座は久しぶりに見る彼女を眺めた。もはや感嘆と言っていい。
すらりと伸びた華奢な手足、スレンダーな体つき。きちんとメイクをしたところなんて、想像したこともなかった。
白いワンピースが目に痛いくらいだ。長い睫毛がはたと揺れて、大きな目を縁取っている。
「そんな風にしてると、本当に誰かわからなかったよ」
「……」
「さっき、ごめんね。びっくりしたんだ」
「……別に、いいけど」
「なんか、おとなしいね」
竜座が笑う。彼女は顔を赤くして俯く。
ずっと、ずっと好きだった男を目の前にして、平静でいられるわけがない。
チクショウ、と彼女は内心で毒づく。
なんでそんな顔で笑うんだ。
どんな風に大人になったのか、彼が辿った足跡を知らない。想像はしていた。ずっと。でも彼女の中の彼は、あのまま大きくなっていた。あの時のまま。
それがどうだ。本物の放つオーラ。想像とは比べ物にならない。
「お前こそ、ほんとにリュウザなのかよ」
疑いの目を向ける。彼はまた笑みを深くする。
「疑わないでよ。僕だってまだ君のこと半信半疑なんだから」
「俺は、絶対見つけると思ってたけど」
「ん?」
「お前は? ちょっとは俺のこと気にしてた?」
「まだその癖直ってないの、」
自分を俺という癖。こんな美少女の口からこぼれるとはっとする。
「悪いかよ。俺は育ちが悪ィんだ」
「そんなことないよ」
君は最初からすごく優しかったよ、と竜座が言った。
なんだかじわりと頭の中が熱くなった。
「さ、最初は俺のこと男だと思ってた癖に……っ」
「うん、すごく可愛い男の子だなあって思ってた」
「ほんと、そういうとこムカつく」
「ごめんね」
謝らないで。謝らせるようなことをわざという自分も嫌い。大きくなんかなりたくなかった。ずっと彼の側にいたかった。
小さいままなら、きっと彼は優しく自分を許してくれただろう。彼を恋うことも。
それを、あいつが奪った。
あの気違いみたいな装束の、黒い男が。
そしてさっき見たもう一人も、同じ顔をしていた。
こいつらが俺のリュウザを奪ったんだと思うと、睨むのをやめられなかった。
そんな醜い俺を見られたくなかったのに。
「お茶、飲みなよ。美味しいよ」
琥珀の色をした液体を湛える白いティーカップは、茶渋一つなく輝いている。きっとこういうことは、あいつがするんだろう。
なんだか嫉妬でおかしくなりそうだった。俺だったらよかった。料理とか、上手くないけどリュウザのためならがんばる。
美味しいお茶も淹れられるようになる。
「ねえ、どうしたの?」
「……答えてない」
「え?」
「俺のことちょっとは考えた?」
口に当てたティーカップを下ろして、リュウザは言った。
「考えてたよ。ずっと」
「嘘」
忘れてたに決まってる。だってもう何年経った? リュウザを見つけたあの時、俺はただの子供にすぎなかった。
ちょっとだけ、一緒に暮らした。それだけだ。
「嘘じゃない。だって君に会わなかったら、きっと今の僕はなかったと思う。本当だよ」
リュウザはそういうところで嘘をつかない。というか、つけないのだ。全部目に出る。変わらないそれを眺めて、ようやく納得する。
「すごく、心配してたんだ。だから会えて嬉しいよ」
そう言われて、嫉妬に凝り固まっている自分が馬鹿みたいだった。一番綺麗に見えたらいいと思って服も選んだ。メイクもしてもらった。
なのに全部こんな台詞に打ち砕かれる。例えいつものような薄汚れた格好で来たとしても、きっとこいつはこう言うんだろう。
そういう奴なのだ。先天的に人を魅了する。わからない奴には一生わからない。
多分あの二人は、それを知っている。
「……ばーか」
ごめんねとまたリュウザが照れたように言う。ああ、変わっていない。そこだけは多分一生。俺の好きなところは絶対に。
何だか泣きそうになった。いつも人前でなんか絶対に泣かないのに。こいつといると全部無駄になる。
ずっと会いたかった。でも会うのが怖かった。幻滅されるかもしれないと思ったからだ。可愛くて天真爛漫なあの子はもういない。
気持ち悪いように伸びる手足、膨らむ胸、何もかも嫌だった。あの頃のままならすぐにわかってもらえるだろうに、自分はどんどん大きくなっていく。
不思議の国に落ちたアリスみたいに。
しかもそれを戻す薬はないのだ。
「……俺、本当に男ならよかった」
ぽつりと本音がこぼれた。
「男なら、一緒に戦えたかもしれないのに。……置いていかれて、悲しかった」
本音は自分の意志をこえて、言ってから本当にそうだと気づく。
或いは銃使いなら。リュウザと同じものになりたかった。同じ視線で世界を見たかった。
或いは猫なら。
この自分じゃないものなら。
でも多分、リュウザに会ってしまったから、もう絶対に銃使いにはなれないのだ。
身を千切るような絶望も、誰かを殺したいと憎むことも。全部持っていかれてしまった。
恋をする代償に。
「どうしてそんなこと言うの」
こんなに可愛いのにってリュウザが言う。僕が可愛いものに目がないって知ってるでしょう。
「可愛いっていうな」
本当にぽろりと涙が出た。リュウザは困った顔をして、それでも笑っている。
きっと幸せなんだ。
それが痛いほどわかった。それをもたらしたものが何なのかも。多分、俺と同じ。
チクショウ、大好きだ。
「可愛いよ。最初から可愛かったし、今はもっと可愛い。泣かないで」
リュウザが頬に小さくキスしてくれる。
初恋は叶わないなんて。本当に神様なんてくたばっちまえ。
こんな男、他のどこを探したっているわけない。俺が最初に見つけた。一番最初に見つけたんだ。
「……可愛いのはお前だよ」
恥ずかしくなって言い返すと、リュウザはすごい秘密をそっと打ち明けるみたいに、今の君に敵うのはクレイくらいだよって言った。
それは相当可愛いってことじゃねえか。信じるか、バカ。

告白はしなかった。でもキスしてくれた。自分から砕ける勇気はなかった。
諦めないと思った。だって俺の最初に好きになった人だから。

ずっと好き。俺のものにならなくても、ずっと。


離れた母屋でなんだか騒いでいる音がする。どうしたんだろう。ケンカかな。同じ顔が二人。見分けがつかない。
「なあ、あいつら、ちょっと変だよな」
「ああ……ごめんね、悪い人たちじゃないんだ。すごく君が気になるみたい」
「気になるっていうか……明らかに敵視されてる」
「そ、それは……そんなことないっていうか……」
そこで悪戯心が湧いた。
「リュウザ、」
「ん?」
「キスして。もっかい」
「ええ?」
「ちゃんとしたのだぞ。ほっぺとかなしな」
「えっ、ちょっ、それは……」
「ダメ?」
上目遣いをしてみる。前はこれで面白いくらいに言うことを聞いてくれた。もう有効期限は過ぎてしまっただろうか?
「……ダメ、って言いたいけど」
仕方ないなあ、ペイペイはって言って、リュウザはちゃんとキスしてくれた。
ざまあみろ。

また一緒に遊ぶ約束をして、俺は意気揚々と引き上げた。また会える。前みたいにはいかなくても、ちゃんとリュウザはそこにいる。
それだけでなんだか軽くなるような気がした。
次はどんな悪戯をしてやろうかな。

俺は慣れないスカートを翻してスキップしそうになりながら、家路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

20111016

 

 

私ずっとこういう妄想をしていました……。
絶世の美少女になるんだろうな、ペイペイは…っ!て。
書けて嬉しい。
81がとってもやきもきすると思います(笑顔)