pulseless

 

 





「結構ずっと気になってるんだけどね」
「はい?」
竜座は濡れた髪をバスタオルで拭きながら胡乱な返事をした。
「君の欲しいものって何かなあって思って」
「欲しいもの? ですか?」
そうそう。と九鬼は無造作に上着を脱ぎ捨て、自分もタオルをかぶった。
高価そうなのにいいのかなあ、皺になるな…と竜座はぼんやり考えた。
帰り道、豪雨にやられた。本当に面白いくらいたちまち空が曇って、辺りが暗くなり、稲妻が閃き、轟音の後に雨がやってきた。
うわあ、と思ってそのまま立ち止まったのは綺麗だったからだ。
そんなもの以前はちっとも綺麗だなんて思っていなかったし、興味もなかったのに、うっかり動けなくなってしまった。
多分少し頭の残念な子だと九鬼には思われただろう。
九鬼に手を引かれて走りながら振り向くと、ビルの間を切り裂くように走った稲光は、少しピンクがかった紫色だった。
銃を生み出す瞬間の、あの煌く光によく似ていた。

圧倒的なものが好きだ。全てを覆い尽くし奪い尽くすような、略奪の力。
そういうものに憧れていた。

自分は半裸のまま、九鬼は竜座の濡れた服をするすると剥いだ。へばりついて脱ぎにくいのに、手品みたいだな。
タオルでまた髪を掻き回されたので、やめてくださいと言いかけてくしゃみをした。寒気がした。
「寒い?」
と上から九鬼が顔を覗き込んだ。二人で一枚のタオルをかぶって、誰も見ていないのに隠れるようにキスした。



*



気づいたら雨の音が弱くなっていた。
九鬼の相手をするのは尋常じゃなく消耗する。そんなことわかってる。なのにまたやってしまう。
さっき全力で走って帰ってきたときよりも鼓動が早くて、このまま死んだらどうしようと思った。
竜座は九鬼の上でうつ伏せになったまま肩で息を吐いた。
今はちょっと、触らないでほしい。すぐ落ち着くから、動かないで。
九鬼といると自分が小さい木の葉みたいに思えることが多い。
だからずっと、圧倒的なものに自分が奪われたいのかと思っていた。
屈服させられ、陵辱されたら気が済むのかと。
でもどうやらそうではないらしい。
相手を骨の髄まで自分のものにしたい。俺のことしか考えられなくなればいい。
全て奪ってしまいたいのだと気づいて、少しおかしくなった。俺以外の、この男の気を惹くもの全て。
そう。欲しいものなんか決まっている。

「……僕が欲しいのは、あなたの心臓です」

竜座をふと見返し、視線が合った後、九鬼はふっと笑った。殺したいな、と竜座は思った。
本当は全部知っているくせに。
欲しがらせたい、という欲求があることを、竜座は九鬼に会って初めて知った。
自分を、相手を、体を、意識の隅まで。
いつか必ず手に入れる、俺の全身全霊をかけて。
それまではこうしていていいのだ。

竜座は身を屈め、もうひとつの、荒く脈打つ心臓の真上にキスを落とした。



















end












20110826