practice 2







 


「なあ、竜座―。機嫌直して?」


ドア越しに聞こえる九子菜の声。多分二人ともそこにいる。


めちゃくちゃくだらないし自分でもなんでそんなに悔しいのかよくわからない。


でもドアは開けない。


「矢崎くん、ごはん食べないの? 好きなの作ったのに」


九鬼も竜座を呼ぶ。


お願いもう呼ばないで。フラフラすぐに出て行きそうになるから。


腹が立つのはまともに相手をしてもらえなかったから、簡単に赤子の手をひねるみたいに。


体力だって腕力だって、機転とか視野とか、もう実力差は歴然としてる。


そんなのわかってる。


ただの駄々なんてことは、自分が一番わかってて恥ずかしい。


でもいつも本気なのに、それをはぐらかされるのが悔しい。


なんかもう、駄目だ。


つまらないことでぐちゃぐちゃにされるし、自分でも正直こんなに駄目になるなんて思ってなかった。


恋愛なんて向いてない。なのに二人とも好きなんて矛盾してる。


最初から、ああこの人たちは大丈夫だって思った。好きになっても大丈夫。


それが一体どこから来た直感なのかなんて知らない。


どこにも行かないで欲しいし、自分だけ見てて欲しいし、本気でいて欲しい。


それを二人に要求して憚らない自分が信じられない。


でも結局、それが本音なのだ。そんなこと言えないからこうして籠城している。


引っ込みがつかなくなってる。心を晒すことにも、体を投げ出すことにも。


竜座はいたたまれなくなって、自分のベッドに潜り込んだ。


さっきのはただの些細なきっかけで、自分でもそこまでキレることないのにって思ってる。


けど、勢いで本音が全部出そうで、思わず逃げ出した。


いつもそうだ。もしこれが恋というものの定義なら、なんて恥ずかしいんだろう。





なんだかドアの外が静かになった。


やっと諦めてくれたのかな、出て行かなくて済んでよかった、と思う。


いずれにせよこんな変な顔で出て行けない。


そう思っていたら、ドアの前でドン、と音がした。


何だろう。竜座はベッドから起き上がり、耳を澄ました。


何かぶつかった音。くぐもった囁き声がするが、何を言っているかはわからない。


「……?」


多分二人が何か言い合っている。


どうしたのかな。喧嘩なんかは日常茶飯事だけど、いつも二人は本気じゃない。


グルーミングするみたいにじゃれてる時もあるし、だんだん慣れてきて、何も思わなくなってた。




竜座はそうっとドアを細く開けた。




九子菜が、九鬼の腕を捩じるようにして壁に押し付けているのが見えた。


銃で下から軽く脅しつけるみたいに。


「……痛いって」


「痛くしてるから」


九子菜がとても楽しそうに見えるのは多分気のせいじゃない。


前にふとしたことで聞いたことがあったが、二人はある程度感覚を共有しているらしい。


一方が痛みを感じていることが、他方にもわかる。


完全なシンクロではないらしいが、多分銃使い同士の共鳴が関係してるんだろう。


能力を発動しなくても、竜座にも二人の感覚はなんとなくわかる。


違う部屋にいても、あの部屋にいるなという程度だが。


多分二人のそれは、もっと切実であからさまなのだろうと思う。


つまり二人が戦ったら、ダメージは二倍だということだ。


えっと、そうじゃなくって。竜座ははっと我に返る。


問題は、九子菜が九鬼を襲っているように見えることだ。


壁に押し付けられて、背けた九鬼の顔が少しだけ歪む。


九子菜がそこを狙ってキスした。


長い、滴るようなキス。


「……あんまりふざけてると怒るよ」


九鬼が言う。九子菜は肩を震わせて笑った。


「いいじゃん。もう一回」


九鬼が壁から体を離して、九子菜の体を押しのけようとした。九子菜は首に前腕をかけて阻止。




「……正臣、」


「何?」




歌うように九子菜が問う。


もう一度唇が触れて、そのままで九子菜がぞっとするような流し目で竜座を見た。


竜座が見ているのを知っていて、だから煽るような真似をしている。


それからウインク。


「ば、ばかじゃないの……!?」


思わず竜座が呟いたとき、九子菜が言った。


「塁我、確保」


「はいはい、」


そんなわけで、突入されてあっさりお縄。立てこもりは完全なる失敗。


「もうしません」と言わされて、頭を撫でられた。


もう全然、ぜんっぜん、釈然としない……!!!


でも二人のキスがすごく綺麗な気がしたので、またやって下さいと言ったら別の意味で大変なことになりそうだったので、燻る気持ちを抑え、竜座は黙って頭を撫でられるに任せた。