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「……っ、あ、くっ、九鬼さ……っ」
「こら。そんな顔しても駄目。やめない」
「そんな……、顔って……っ、なに……」
「そういう顔」
九鬼が凶悪な笑顔を浮かべる。穏やかと言ってもいい表情なのに、たった今喰い殺されそう。
「俺とあいつ以外にそんなの見せたら、痛い目に遭うから気をつけて」
関節が悲鳴を上げる。人間の体ってここまで曲がるんだ。竜座は自動的な涙で滲む視界で、他人事のように思った。
「あっ、あああああっ」
竜座が一際高い声を上げた。
それを頬杖をついた九子菜が見ている。
「……なあ、それいつまでやってんの」
「え?」
「だーかーら。別に泣かす必要ないだろ」
「ああ、だって楽しいからつい」
「ちょっとやりすぎ」
「そう? まだ大丈夫だよね?」
竜座はまだ声が出せない。呼吸をするだけで精一杯だからだ。
「矢崎くんはちょっと声が色っぽすぎるんだよねえ」
「ああ、ちょっとな」
「だからつい楽しくてエスカレートしちゃうんだよね。ごめんね?」
ごめんねって。お菓子食べちゃってごめんねって子供が言うみたいに。
こっちは死にそうになってるのに。
「竜座、次俺の番ね」
「えっ、ま……まだ無理……!」
「無理って言わない。もっとキツイ状況いっくらでもあっただろ。ほら、しっかりして」
もっとキツイ状況。あったかもしれないけど、そんなの今思いつかない。
心臓が破裂して砕け散りそうな音を立てている。足に力が入らなくて、膝が笑ってる。
脱力した腕を、九子菜が持ち上げる。
「あーあ、がっくがくじゃん。お前ばっか楽しみすぎなんだよ、塁我」
「ええ? そんなことないよ」
「ある。お前に付き合うのホントきっついもん」
「そんなこと言って、お前も結局同じだろ」
「まあそうだけどさあ」
こいつら。
竜座は思った。
痛みのあまり、声を上げるともうほとんど泣きそうである。しかしここはこらえ、息を吸い込んだ。
「な、なんで……っ、スパーリングの相手してくださいって、言っただけなのにっ……!!」
「「ん?」」
二人が声を上げた竜座を振り返る。
「なんで寝技しかかけてこないんですか……っ!!」
「そんなのお前のエロい顔見たいからに決まってる」と九子菜が言った。
「それ以外ないよね」と九鬼。
こいつら、ほんと、殺したい……。
自室に籠城した竜座を説得し、二人がかりで引っ張り出すのに成功したのは二時間後だった。