laphroaig

 







 

「いいの仕入れてきた」

と九鬼が持ってきたのは、ラフロイグ18年。思わず口笛を吹いた。

 


最初は本当にほんの少し、だったのだ。

鬼の居ぬ間にこっそり飲もうとしたら、竜座に見つかった。

「九子菜さんばっかりずるい」

俺も、と拗ねたように言うのが可愛かったので、つい作ってやってしまった。

グラスに氷を沢山、そこにウイスキーを5ミリ。そこにソーダをたっぷり。

ラフロイグのハイボールなんて誰かに叱られそうだったが、美味いものはどうやったって美味いのだ。

ふと気づいたら自分のグラスが空になっていた。いつの間に干したっけ、と思いながら新しいロックを作った。

観ていたDVDに気を取られて、しばらく目を離したらグラスが入れ替わっている。

「……おい、」

やや焦って肩を掴むと、そのまま竜座の上体がぐらりと揺れた。

「お前、どれくらい飲んだ。竜……」

顔を覗き込む。いつも薄蒼い瞼がピンクに染まっている。

見られたくないのか、いやいやをするように顔を背ける。それを追って顎を掴んで持ち上げた。

「やだ、」

「何が」

「ぐらぐらする……」

いつもどこか睨んでいるような険のある目が、今はぼんやり焦点が合わず、困ったようにこちらを見上げた。

それを思わず引き寄せてしまった。だからこれは事故だ。俺は悪くない。

「やだ……っ」

唇が一瞬触れて離れたせいで、つい深追いした。竜座は腕を伸ばして俺の顔を引き離したが、そこで首筋に顔を埋めた。

間合いに入られてしまえばそれ以上追えない。

でもそれってただ甘えてるようにしか見えねえって。

「美味かった?」

と聞けば、首元でこくりと頷くのがわかった。鎖骨に当たる吐息が熱い。

「もっと?」

一瞬躊躇して、また頷く。反抗するのがデフォルトなのに、今はものすごくガードが下がっている。

酔った勢いで、なんて、こいつが一番嫌がるようなシチュエーションなのに。


ラフロイグのフレーバーには心なしかチョコレートのような甘さがあるが、これは嫌いな甘さじゃない。糖度の塊、みたいなのがイヤなのだ。

グラスの氷はもう溶けかかって、かろんと高い音を立てて崩れた。

鼻先で竜座の頬を持ち上げ、柔らかい肉に犬歯を立てる。追えば追うほど竜座は逃げようと俺の首にしがみつく。だから、やってることが逆だって。

「なあ、キスして」

要求する。本当はそうやって要求されるのが好きなのだ。拘束されるのも、強制されるのも。

床に座ったまま、ソファを背にして横並びになっていたから、竜座が要求に応えようとして俺の腿に膝を載せた。

従順すぎて、いっそそのまま押し倒そうかと思ったがここは耐える。ただ落ちてくるのを待つだけでいい。

首に埋めていた顔を上げ、竜座が俺の下唇を噛んだ。口を開けると、柔らかな舌先が侵入してくる。

子犬がミルクを舐めてるみたいな音がして、俺はつい笑いそうになる。

こいつに首輪をかけて飼えたら、もっと愉しいかもしれない。

本当は獰猛な肉食獣なのだということをつい忘れそうになる。首筋にいつ噛み付かれたっておかしくないのだ。

そのスリルが堪らなくいいということも。

だからそんなつもりはなかったのに、ハマってしまっている。

俺ともう一人だけが、それを知っている。こいつの危険性を。取り扱い注意のハザードマークでもどこかに書いておいたほうがいいんじゃないだろうか。

だんだん竜座の息が上がってきたのがわかって、俺はさらに助長する。ボトルを一口呷って、竜座を仰のかせて金色の液体を注ぎ込む。

「ん、……っ、ぅ」

酸素が足りなくて喘いでいるところに、純度の高いアルコールを注ぐ。竜座の喉がごくりと鳴った。

そのまま嚥下して、もっと、というように口を開いた。

零れた滴をぺろりと舌で舐め取って、竜座が笑う。

それがまだ見たことのない顔だったので、思わず隙をつかれた。

その瞬間竜座が俺の鳩尾に膝を入れ、体重をかけた。あれ、これって何か覚えあるなと思ったら、いつも俺や九鬼が竜座にしていることだった。

フローリングに倒れこんで、俺は竜座を見上げる。顔の脇に竜座の細い腕があって、真上から見下ろされている。

やっべ、これってよく考えなくても押し倒されてねえか?

竜座は軽く目が据わっている。ぶつぶつとなるほど、とか言ってる。

「いつも九子菜さんたちばっかりずるいよ」

だから俺もする。っておい何をだ!

竜座が俺のシャツのボタンに手をかけた。

いつもと逆なのがなんとなくおかしくなり、それが竜座まで伝わって、二人で笑いながらまたキスした。


*


だから部屋のドアが開く音がしたことにしばらく気づかなかった。

「……襲われてるなら助けたほうがいい?」

俺は床につけた頭を反らして、ドアの方を見た。

黒服の男がそこに立っている。呆れたようにドアに寄りかかり、こっちを見ていた。

俺はと言えば腹の上に竜座を乗せて、アルコールで濡れた服を脱がされかかっている。竜座も似たような格好で、Tシャツの裾から肌を思い切り晒していた。

「いや、ちが……竜座、ちょっ、ストップストップ!!」

竜座の腕を掴んで止めると、そのまま竜座はぱたんと俺の上に落ちてきた。力尽きたらしい。

「それ、俺が買ってきたやつだよね。飲ませたんだ?」

顎で示された方へ視線をやれば、ラフロイグのボトルは倒れてフローリングに水溜まりを作っている。

九鬼の笑顔が物凄く怖い。しかも俺の上にはあられもなく酔いつぶれた竜座。

ゆっくり歩み寄った九鬼が、俺の顔を真上から見下ろした。

「美味しかった?」

と聞くので、俺は仕方なく「…滅茶苦茶」と答えた。