child talk 2














そっとドアを開ける。もう午前2時を回っていることにさっき気づいたからだ。

しんと静まった家の中は、なんとなく寒々しい。こういうとき、もっと急げばよかったと思う。

あの子に「おかえりなさい」と言われることに慣れてしまっている。


恐ろしい。そういうことのひとつひとつが、本当は恐ろしい。

当たり前が増えていくというのは、それを失った時に寄る辺が無くなるということだ。


多分片割れはそんなもの鼻で笑うだろうけど。

俺はそこまで強くない。

泥が乾いて体中に張り付いているような気がする。

疲れた。

左側の側頭部が、生き物のように熱を持って疼いている。右目を酷使するから、反動でいつもそうなる。

多分片割れにはバレてはいないだろうが、時折恐ろしく痛む。それでも理不尽だとは思わない。

俺が受けるべきものだから、そこにあるなと確認しては少しだけ安堵する、そういうものだ。

多分今、体にアルコールを入れたらさらに悪化するだろう。

それを吸収して、水気を含んで膨張し、結果的に眠りが奪われる。循環する宿業は常に自分へ戻ってくる。

それがわかっているのに、あえて冷凍庫を開けて氷を出そうとした。


ふと冷凍庫の奥に隠すように入っている物体に目を留める。

茶色の大きい固まりだった。引っ張り出してみると、それはどうやらホットケーキの山だったものらしかった。

小分けにすればいいのに、全部まとめて凍っている。

ふっと笑ってしまった。

それが作られる過程を想像したからだ。かわいそうに、こんなに作れとリクエストしたのは絶対に片割れの方だ。

しかも隠蔽が下手だ。冷蔵庫の前で含み笑いをする不気味な人間になった。


アルコールは後にしよう、と思い浴室へ行った。

シャワーを浴びて、タオルをかぶったままキッチンで水割りを作る。

それを持って部屋へ向かう途中で、また異変に気づく。部屋のドアが少しだけ開いている。

ということは誰か中にいるらしい。音はしないから、多分もう寝ているんだろう。

グラスを口に当てて傾けながら、部屋に入った途端に何か踏んだ。

「……。」

下を見ると、案の定シャツが落ちている。多分ここで何故、と聞いてはいけないのだろう。

それを拾って、傍らのチェストに置いてから灯りをつけた。


深い深いため息が出た。


見慣れないベッド。新品なのだろう。それはいい。問題は、辺りにドミノピザの空き箱が散乱していることだ。

ベッドの上にはボードゲームが広げてあって、駒がぶちまけられてそこらじゅうに転がっている。

コーラと炭酸水のペットボトルがごろんと放り投げてある。かろうじて蓋が閉まっているのは感謝するべきなんだろう。

人生ゲームは、どうやら片割れが惨敗していたようだった。しかし勝者も意識がないのでドローというところか。

当たり前だ。たとえゲームだろうと、片割れだけがいい人生を送るなんて業腹だ。

そのボードの上で、二人は見事なバランスでぐっすり眠っていた。

片割れが大事なものを抱きかかえるみたいに腕を回していて、その中に彼が小さく納まっている。

誰かが描いた下手なリアリズム絵みたいだった。

なんとなく、しばらくぼんやり眺めていた。

その絵は不思議なくらい穏やかで、何かの象徴のように見えた。

全く、ただ二人がぐうぐう寝ているだけなのに、一体何だって言うんだ。

人の気も知らないで。

俺は水割りを飲み干すと、とりあえず二人の下からボードを抜き去った。

面倒なのでその辺に投げ捨て、邪魔なゴミだかおもちゃだか判然としないものを端からなぎはらった。

ベッドは酔狂にもキングサイズ。さぞや散らかし甲斐があっただろう。

結構音を立てたのに、二人は身じろぎもしないで健やかな寝息を立てている。

俺は片割れの腕から彼を救出し、片割れをちょっと蹴った。それで隙間が開いたので、そこに沈む。

仕事をして帰ってきたのに、なんでもう一仕事しなきゃいけないんだ。

明日起きたら現状復帰させるまで絶対にここから出さないと固い決意をした。

腹からこみ上げる笑いと、それから別の何かを吐息で逃がして、俺は久しぶりに夢も見ないで眠った。

もう頭痛はしなかった。




全く、本当に、人の気も知らないで。



















END



20111024