BLACK MARIA

 















 

病めるときも健やかなるときも、共にあることを…

「あることを?」
「……っ」
「どうした竜座、ほら続き言って?」
「ちょ…」
「「ん?」」
「みんな見てます…」
衆人環視。いたたまれない。閉館間際とはいえ無人ではないのだ。
「だから何?」
「だから…っ人前で抱きつくのやめてください!」
くっくっくっと肩を揺らして笑う二人に業を煮やして、竜座はするりと二人の間を抜け出した。

「あーあ、怒ってる」
九子菜が「お前のせいで」と言いたげな顔で走っていく竜座を見ている。竜座は分かり易くて、からかうと針鼠みたいに毛を逆立てる。そこが可愛い。
足音で感情がわかるのは一体何の為せる業なんだろう。
最近はハロウィンが終わればすぐに街はクリスマスの準備を始める。ひっきりなしにイルミネーションが光り出す。秋の終わりと冬の始まり。
冬服を買いにいくという名目で、竜座とデートする。口実はなんだっていいのだ、彼を連れ歩ければ。竜座が行ったことのないところならどこへでも行く。
九鬼は自分たちを見下ろすブロンズの像にふと目をやる。休憩がてらに入った美術館の裏庭で、それを見つけた。
多分メキシコ辺りから買い付けたのか、メッキの安っぽさがにじみ出た像。憂いとも慈しみともつかない表情で衆生を見下ろしている。
光背が棘のように放射状に伸びた、グアダルーペの聖母。
ブラックマリア。

大衆から愛され続ける永遠の聖母。

その脇に置かれたベンチで、九鬼は竜座においでと手招いた。足の間に座らせると、九鬼の顎のちょうどいい位置に俯いた竜座のつむじがある。
ジャストフィットだなあとやや感動を覚えつつ顎を載せる。
最近、だ。最近ようやく外にいてもここまで許してくれる。まだ薄い肩が緊張しているが、それはそのうち解消させる。
何もしないのになあ。
九鬼は微笑む。
本当は冗談で言ったんじゃないんだけどな。

汝、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで。

そうやって誓わせてしまいたい。契約のように。
でも契約が履行される前に逃げられてしまった。残念。
九子菜が寄りかかっていた像から身体を離し、九鬼の前に立つ。
離れる術はない。
好きと嫌いとに関わらず。
そんなもので左右されているなら楽なものだ。

「お前、何詐欺師みたいなことしてんだ」
「ごめん、つい」
「俺らは一蓮托生だろ」
「そうだね、」
「何が不安だ?」
「何も不安じゃないことが、かな」
何もかも見抜かれている、そのことすらも。
「俺が誓ってやろうか?」
「だってお前は」
誓う必要なんかない。ずっとそうだったし、これからもそうだ。側にいるだろう。灰になるまで。
「誓うのは離れることが前提だからだ」
だから叶わない絶対を人は誓う。破られることが決められていても。
「離れないなら誓う必要なんかない」
下らない、おまじないと変わらない。只の真似事に意味はない。
「お前は強いね」
「塁我、」
苛立ったように、顎を掴まれた。
「逃げらんねえんだよ、覚えとけ」
好むと好まざるとにかかわらず、自分からは逃げられない。
お前は忘れっぽいからな、ともう一人の自分が言った。
口先からこぼれる幾千の嘘を、どれだけ誠意でコーティングしたところで真実にはならない。
俺たちはいつか彼を裏切るだろう。
わかってる。そんなこと、最初からわかってる。お前だって完全に絆されてるくせに。
夕闇が落ちてくる。多分閉館時間はとうに過ぎているんだろう。空の低いところに暁の星。
聖母の下で自分とキスをするのはこうも後ろめたいものか、と九鬼は思った。

「竜座、もう出てきていいよ」
九鬼が呼ぶと、そばの木陰から竜座の頭がひょこっと覗く。
「どこ行ってたの? もう帰ろう」
「だって…!」
その手にショート缶を3つ持っている。
「あれ、コーヒー買ってきてくれたんだ」
「…寒いかなって思って」
なんとなく不服気にぽつりと呟く。
まだ怒ってるのかな?

「竜座、」
九子菜が悪戯を思いついたときの顔で呼ぶ。
「お前、どっちが羨ましいの?」
「…っ!!」
あ、真っ赤になった。
「ねえどっち?」

しばらくの沈黙の後、
「……どっちもです」
との回答。

それは、どうもありがとう。

飲み込んだコーヒーは偽善的に甘く、そしてほろ苦かった。

 

























 











20110925